現在のコロナ禍で地元故郷へ帰省するのもままならない状況において、人々の地元に対する想いは普段よりも強いものとなっていることでしょう。
また、街角で故郷の特産品などを見つけたりすると、ふとかつての思い出に耽ってしまうこともあるでしょう。
今回のT’s WEBでは、意外と知られてはいないけれど、皆さんが普段食しているものを地元の特産品として生産している地域にスポットを当てて、
生産者さんや職人さんにお話を聞かせていただいたり、その特産品が地域社会にどのような影響を与えているか等を取材してきました。
江戸時代からつづく地域に根ざしたソウルフード
新潟県長岡市栃尾。この地で江戸時代を起源とし、今なお地元で愛され続ける名物が「栃尾名物あぶらげ」です。「あぶらげ」とは、栃尾の方言で「油揚げ」のこと。その特徴はなんといっても大きさ。私たちが頭に思い浮かべる一般的な油揚げとは比較にならないほど大きく、濃厚な大豆の旨味が凝縮されていることから味においても日本一と称されるほど。
外はパリッと香ばしく、中はフワフワ。こんがりと焼いて大根おろしや醤油とともに食すのも、肉や魚、野菜と煮込んで食すのもオススメです。
なぜ、栃尾の油揚げは他の地域よりも大きいのか。その起源については「諸説ある」と、観光協会の島さんは解説します。 「まずは、この地で火伏せの神様として広く信仰されていた秋葉神社を起源とする説です。秋葉神社には全国から参詣者が訪れていたのですが、今から250年ほど前に、当時の豆腐屋・林蔵が秋葉三尺坊大権現の別当常安寺住職から、参詣者の土産物を考案してほしいと頼まれたのがきっかけだと言われています。依頼を受けた林蔵は江戸で修行を積み直し、栃尾の良質な大豆と名水を生かした独自のあぶらげを創り出したと伝えられています。また、栃尾の馬市から生まれたという説もあります。江戸時代、栃尾では盛大な馬の競り市が開かれていて、このとき馬の仲買いをする馬喰(ばくろう)たちが売買成立の証文代わりに酒を酌み交わしていたとされ、その酒の肴として食べられていたのが、あぶらげだったそうです。彼らはあぶらげを手づかみで食べていたらしく、そんな彼らの豪快さに合わせて、あぶらげも徐々に大きくなっていったと言われています。現在では、秋葉神社の土産物として生まれ、馬喰たちの酒の肴として大きくなったという説が有力視されています。いずれにしろ、当時は贅沢品だったあぶらげをあんなに大きなサイズで手間暇かけて作っていたというのは、商売っ気のない栃尾の人たちの人柄によるものだったのではないかと推察されます」
栃尾観光の拠点として便利なのが、道の駅「R290とちお」。そこはまさに、栃尾の食事やお土産、情報の発信基地。東に刈谷田川が流れ、緑豊かな山々に周囲を囲まれたロケーションで、ゆったりと憩うことができます。もちろん、地元のあぶらげを堪能できる「あぶらげコーナー」もご用意。あぶらげをアレンジした多彩なメニューも楽しめます。
一般社団法人 栃尾観光協会
島 和久 さん
あぶらげの発祥として有力視されているのが、この地で火伏せの神様として信仰されていた秋葉神社。県内外より多くの参詣者が訪れていました。また、栃尾は新潟県有数の馬の産地としても有名でした。そうした歴史的背景が、栃尾のあぶらげの起源に紐づいているようです。
地域を愛し、その意志を未来へと継ぐ。
栃尾の名物となっているあぶらげですが、その特色は店舗によって様々。現在、栃尾には16の店舗があぶらげを取り扱っています。長い歴史と伝統を今に伝える老舗が根強い人気を誇る一方、新進気鋭の店舗も新しいアプローチによって栃尾のあぶらげの発展に貢献しています。栃尾という地に生まれ育ち、あぶらげの製造・販売を通して栃尾の未来を見据える若き経営者たちに話を伺いました。
「栃尾はもともと繊維の町として有名で、父も繊維業でキャリアを積んでいました。しかし中国との競争に敗れ繊維の需要がなくなる中、当時父が勤めていた会社があぶらげの製造・販売に着手することになったのです。そのとき、あぶらげ作りを任されたのが父でした。あぶらげの知識など何もなかった父でしたが、県外へ修行に行き、豆腐づくりの原点を学ぶことから始めたそうです。そういう姿を私も幼い頃から見ていました。やがてあぶらげ作りも軌道に乗ると、事業拡大のためにそれまでの手仕事から工業化へと移行することに。しかし『多くの人に届かないとしても、納得して手にとってくれるものを作りたい』という父の考えとはギャップが生じ、仕事にやりがいを持てなくなっているのがわかりました。一方で私は当時別の飲食店を経営していたのですが、学生の頃に環境都市工学の分野で微生物研究などをしていた経験を生かし、実験室ベースで成分分析をしながら、父が作ったあぶらげの美味しさの秘密を探ることにしました。その結果、理論的に美味しいあぶらげが作れそうだと考え、父にその話をしたら生き生きとした顔で『ぜひやろう』と。それで父を引き抜いて事業を始めたのが約8年前になります。それからは技術や製造に関しては会長である父が、そして私は外に向けての発信ということで、完全に分業して経営をしています。
当社のこだわりは、地産の大豆を使っていることです。栃尾のあぶらげは、その性質的に国内の大豆は不向きとされています。そこで私が検証し、どうすれば国産大豆でもあぶらげができるのかを父に説明をするんです。すると父は職人の感覚で『そんなの無理だ』と言う。それを説得して挑戦してもらうことの繰り返しでここまでやってきました。やはり地元で事業をするからには、みんなを巻き込みたいですから。今では大豆の問屋と契約しながら、若手の農家さんにも大豆づくりに協力してもらっています」
あげ家 松兵衛
代表取締役
大橋 剛 さん
「あげ家 松兵衛」さんに“あぶらげ”の出来るまでを見学させていただきました
①乾燥した大豆を、水を張った樽に入れて浸水させる。浸水させる時間は季節によって異なるが最低でも14〜16時間程度。②浸水させてふやかした大豆を吸い上げ、釜で煮る。煮る時間も季節や大豆の状態によって調整。煮た大豆は、絞り機によっておからと豆乳に分離させる。
③液状化させた天然にがりを手作業で混ぜる。このとき、外から水をあてて温度を調整。④分離が始まってきたら、麻の布をかけ、その上に重りを乗せて離水。⑤型に流し入れ、はみ出た部分を包丁で丁寧にカット。さらにロールカッターで豆腐をカットする。その後、冷蔵庫で半日寝かせる
⑥低温でゆっくりと時間をかけて揚げ、さらに高温で揚げる。⑦油抜きをして完成。
- あげ家 松兵衛
- https://www.matsubei.co.jp
- 〒940-0236 新潟県長岡市栃尾大野町4-4-10
- 営業時間/9:00~18:00
- 揚げたての提供時間/11:00~16:00頃
- 定休日/毎週火曜
「もともと父がお店をやっていたのですが、私は高校卒業後に海上自衛隊に入隊し、その後東京で1年間だけ営業マンをしていました。東京にいた頃、居酒屋で栃尾のあぶらげを食べる機会があったのですが、正直、私が昔食べていた味とは全然違っていて、衝撃を受けたんです。あの頃の味との違いとは何なのか。すぐにはわかりませんでした。そして23歳になって、父のあぶらげ屋を継ぐことに。そこで豆腐づくりを一から学ぼうと機械メーカーさんを招いて説明を聞いたのですが、そこで最初に言われたのが、『機械では栃尾のあぶらげは作れません』ということでした。『ただ、ジャンボ厚揚げなら作れます』と。意味がわからなかったですよね。よくよく聞いてみると、栃尾のあぶらげと、ジャンボ厚揚げは全く違うらしい。一般的な薄揚げは中の豆腐が少ないため、豆腐よりも菜種油の味がする。しかし栃尾のあぶらげは、皮が薄く、それでいて中身の豆腐が分厚いので食べた瞬間に豆腐を強烈に感じられるのです。ジャンボ厚揚げは、切ったときに中身がスカスカですが、栃尾のあぶらげはそうではない。そのあぶらげを再現するには、機械では到底難しいということがわかりました。機械で作れないからこそ、職人の手仕事に頼ることになります。だからこそ、各店舗によって個性が豊かなんですよね。私としては、美味しさの一番のポイントは原材料である大豆がどれだけ含まれているかということだと考えます。なるべく素材の大豆の味を感じてもらいたい、そうした思いで日々あぶらげをご提供しています」
株式会社 毘沙門堂
代表取締役
星 和弘 さん
毘沙門堂本舗の星さんは、栃尾のご当地ヒーロー「トチオンガーセブン」としての活動でも知られています。その活動のきっかけについてお話を伺いました。 「新潟県長岡市は雪深い山奥であり、年々若い人がいなくなっています。それでもこの土地に暮らし続ける人間として、自分にも何か発信できることはないかと考えた末に生まれたパフォーマンスでした。東京に行かなくても、こういうことが表現・発信できるんだということを若い人たちに知ってもらい、夢や希望を持ってもらいたかったんです。6年ぐらい前から、あぶらげとセットでアピールするドラマとしてスタートしましたが、結果的に今、東京のドラマチームやタレントさんたちを巻き込んで、ドラマづくりができています。最初に50代・60代の人たちにこうした特撮の話をしたとき、みんな目をキラキラと輝かせていたんですよね。そして必ず70年代の特撮は良かったよね、という話になる。流行り廃りじゃない。だからトチオンガーセブンが好きだという今の子どもたちも、一生忘れないと思うんです。ドラマの中には、友達や家族、郷土を大切にしていこうという強烈なメッセージが込められています。東京の若いプロデューサーには『そんなのビジネスになりません』って鼻で笑われるんですけど、人の生きる道だったり、正義の生き様だったり、お金以上の価値がある訳ですよ。そういうドラマを見て、かつての子どもたちは大人への強い憧れを抱いたはずなんです。だからこそ、今は自分が地方の武器を使ってそういうドラマを創り続けたいですね。
- 毘沙門堂本舗
- https://bishamondo-honpo.com
- 営業時間/10:00 〜18:00
- 〒940-0241 新潟県長岡市北荷頃1121-5
- 定休日/毎週水曜
風土を愛し、ともに生きてゆく。
栃尾の地は、豊かな自然と名水に恵まれたスポットとしても知られています。その代表ともいえるのが、全国名水百選にも選ばれた名水が湧き出る「杜々の森湧水」でしょう。古くから飲用水や灌漑用水として、地域の人々の生活を支えてきたといわれています。そして今もなお、冷たく澄んだ水質の良さが人気となり、市内だけでなく市外や県外からも多くの人々が「おいしい名水」を求めて訪れます。杜々の森は、その全体が鳥獣保護区、特別環境保全林に指定されており、公園内には、水をテーマとした施設や、栃尾のあぶらげが食べられるレストランなども備わっています。
美しい白に彩られた街並みや山々を見ていると日本も狭いようで広いなと思いました。
もちろん、雪をはじめとする様々な自然環境は美しいだけではありません。
今回の取材日も、晴れたり、吹雪いたりと、1日の中にも様々な天候がありました。
その中で逞しく、そして未来を見据え、しっかりと地に足をつけて生きている方たちがいました。
地元の特産品に誇りを持ち、伝統や継承、さらなる開発へ希望に満ちた「今」がありました。
日本のあちこちに、こうした地域社会があるのだろうと思うと嬉しいですよね。