国内外から評価される、近代和風建築と純和風庭園の見事な調和。
東京都葛飾区柴又──映画『男はつらいよ』シリーズの舞台として名を知られる下町に、海外からも評価の高い日本庭園を擁する「山本亭」がある。
もともとは個人の住居として建てられた近代和風建築だが、1988(昭和63)年に葛飾区が取得し、1991(平成3)年より一般公開されている。
東京都選定歴史的建造物や葛飾区登録有形文化財にも選定されるほどの、文化・歴史の上でも価値のある美しい眺めと佇まいに触れてみたい。
近代和風建築と純和風庭園が調和していることが、山本亭の特徴。母屋は書院造り風の古風な日本建築でありながら、その後の増改築によって洋風の造形も加わることに。その居宅から眺める庭は、池泉・築山・滝などを設けた典型的な書院庭園となっており、国内外を問わず高く評価されている。
山本亭最大の見どころとも言えるのが、室内から眺めることのできる純和風の書院庭園である。庭の面積はおよそ890㎡。面積こそ他の著名な庭園に比べて小さいが、随所に日本の伝統的な庭造りの工夫が施されている。縁先には池を配し、奥行きのある緑はマツやツツジといった常緑樹を中心に植樹。「葉が落ちることは縁起が良くない」と、かつてこの邸宅の所有者であった山本栄之助が、あえて落葉樹を選ばなかったからだという。結果的に、年間を通して緑の風景を楽しむことができる庭となった。奥には築山があり、遠くまで広がる池の入江へと流れ落ちる滝が設けられている。コケ類保護のため庭の中を散策することはできないが、それでも耳をすませば滝の音が届く。こうした自然の音色が、落ち着きある風景とともに心を癒してくれる。
米国の日本庭園専門誌「Sukiya Living(数寄屋リビング)/ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が実施する日本庭園のランキング調査では、全国900カ所以上の旧所名跡・旅館・旧別荘の中から、山本亭は常に上位にランクイン。最新のランキングでは、3位に選ばれた。海外からも高く評価されている証だといえよう。
There is Our Pride in this Japanese garden.
大正末期から昭和初期に増改築されたという建物は、風情ある書院造に西洋建築を取り入れた和洋折衷が特徴。床の間・違い棚・明かり障子・欄間からなる書院造り、数奇屋風の天井、下端部は石張りで上部は白漆喰塗りの土蔵などに伝統的な和風建築ならではの趣を感じることができる。一方で、壁には大理石のマントルピース、寄木を用いたモザイク模様の床、ステンドグラスをはめ込んだ窓、ガラス製ペンダント照明など、昭和初期独特の洋風建築が複合されている。当時としては珍しい二世帯住宅でもあり、中央の廊下がその境としての役目を果たしていたという。
客人をもてなす応接室として利用されていたのが、こちらの鳳凰の間。寄木を用いたモザイク模様の床、白漆喰仕上げの天井、ステンドグラスの窓などを設えた、山本亭唯一の洋間である。
6畳〜10畳の広さを確保した、花・月・星・風・雪・鳥と名付けられた居宅は、庭園を臨む見晴らしの良さが魅力。すべて和風意匠で統一しつつ、ガラス戸やガラス欄間を多用することで開放感のある構造となっている。
山本亭が建てられたのは、1920年代のこと。浅草でカメラ部品の製造工場を営んでいた山本栄之助が、1923(大正12)年の関東大震災をきっかけに住居を浅草から柴又へと移した際、取得した土地に建てた近代和風建築である。その後、増改築を繰り返し現在の姿に。現在は一般公開されており、純和風の庭園を眺めながら、抹茶やコーヒーといったドリンクや甘味などの喫茶メニューを味わうこともできる。また、伝統行事の披露会や箏の演奏会など各種イベントも随時開催されている。
- 葛飾区 山本亭
- 東京都葛飾区柴又7丁目19-32
- https://www.katsushika-kanko.com/yamamoto/
懐かしく温かい人情にふれたくなったら、
ふらりと寄りたい心の故郷、柴又へ。
京成金町線「柴又」駅を降りるとすぐ目に付く、寅さん像。江戸川のほとりに位置する葛飾区柴又は、映画『男はつらいよ』シリーズの主人公、寅さんの故郷として多くの人々に愛されている。山本亭のみならず、歴史や文化を感じさせる建造物や名所が多く、中でも代表的なのが、1629(寛永6)年に創建された柴又帝釈天「題経寺」だろう。柴又駅から帝釈天までおよそ200mに及ぶ参道には、川魚料理屋や団子屋、土産物屋などが並び、観光客や参拝客で活気に満ちている。江戸時代初期から続く「矢切の渡し」も、ぜひ立ち寄ってみたいスポットの一つ。小説『野菊の墓』や歌謡曲『矢切の渡し』で有名な、都内で唯一残る渡し船であり、現在でも片道200円で対岸の千葉県まで乗船することができる。そして山本亭のすぐ隣りにあるのが、葛飾柴又寅さん記念館。『男はつらいよ』シリーズの山田洋次監督を顕彰する山田洋次ミュージアムも併設されており、それぞれ人気の高いスポットとなっている。
こうした歴史を感じさせる街並と、今なお息づく賑わいや風情。これらが日本人の生活や生業を理解するために欠かせない「葛飾柴又の文化的景観」であるとして、2018(平成30)年には国の重要文化財に選定されている。
ちょっとした休日、葛飾柴又で昔の人々の暮らしや息遣いを感じてみるのも良いだろう。