日本に遺る美しい建築を巡る紙上クルーズ
住まいに快適さや安全性、デザインや美といった世界観を投影するタカラレーベンだからこそ、いにしえの建築物へのオマージュを忘れてはいけない。
そのためにも、日本全国に遺された造詣深き建築物を追い求め、誕生にまつわる時代背景と際立つデザイン性の真価に迫りたい。
これまでの寺院の概念に縛られない
築地本願寺が表現する建築の奥深い世界
お寺というと、誰もが木造の和風建築を思い浮かべるかもしれません。
その固定概念を覆してくれる独特の建築美を纏ったお寺が、東京都中央区、銀座のすぐ近くにあるのをご存知でしょうか。
京都の西本願寺を本山とする「浄土真宗本願寺派の築地本願寺」です。
一目見て、誰もが目を疑うその本堂外観は、古代インドを源流とする石造り。東京の真ん中に、明らかに違和感のある存在感を放ちます。
その荘厳なる美しさは、歴史と伝統のある貴重な建物として、2014年に国の重要文化財に指定されました。
今回の「色褪せない建築の世界」では、東京の真ん中に異国情緒をもたらす、なんとも不思議で奥深い寺院の個性的な意匠に迫ります。
東京の真ん中に鎮座し、独特な存在感を放つ築地本願寺の建築様式
遡ること1617年、浅草の近くに創建された築地本願寺(当時は浅草御堂)は、1657年の明暦の大火によって焼失。1679年に現在の場所に再建されますが、1923年には関東大震災に伴う火災で再度焼失することに。現在の姿の築地本願寺は、1934年に再建されたものになります。 本堂を設計したのが、当時の東京帝国大学(現在の東京大学)の名誉教授だった伊東忠太博士でした。明治から昭和にかけて、ロンドン万国博覧会日本館や平安神宮、湯島聖堂などを設計した、日本を代表する建築家です。その伊東忠太博士が建築研究のためにアジア各国を旅していた経験を活かし、築地本願寺の外観には古代インド・アジア仏教様式を取り入れました。一方で内観は、伝統的な真宗寺院の造りを踏襲しつつ、美しいステンドグラスやシャンデリアなど、外国様式も取り入れられています。お寺には珍しく、本堂に置かれたパイプオルガンが目を惹きますが、これは再建後の1970年に仏教音楽の普及を願って財団法人仏教伝道協会より寄贈されたもの。そのパイプの本数を本尊「阿弥陀如来」の本願に由来した48本とし、デザインで「南・無・阿・弥・陀・仏」が表現されています。
古代インド・アジア仏教様式
日本の寺院は中国の建築様式に倣ったものが基本とされるなか、国内で唯一、古代インド・アジア様式を取り入れたのが築地本願寺です。細部にはインドネシア・ジャワ島のボロブドゥール遺跡などのデザインが取り入れられていることが本堂外観の特徴。仏教がもともとインド発祥であることも、デザインコンセプトの理由です。
「三畜評樹」
お寺の各所には、牛や獅子、馬、象、孔雀、猿など全13種類の動物像が置かれています。これらの設置も、動物好きで知られる伊東忠太博士ならでは。各動物がどのような意図で配置されたのかは謎ですが、中でも象、猿、鳥は仏教説話の「三畜評樹」に基づくものとされています。「誰が一番年長か」という議論をしていた象・猿・鳥が、そこにあった一本の木を基準にしていつ頃から知っていたかで判断しようということになり、木が植えられる前を知っていた鳥が最年長と認められたという説話です。一番小さく弱い鳥でも、高いところから全体を見渡すことができるということ。そして、物事は広く全体を見て、正確な視点を持つことが大切であるという教えにつながっています。
古代インドの香が潜む意匠デザイン
窓の形も柱の飾りも、寺院としては前例のない独創的なデザイン。屋根と正面のモチーフは菩提樹の葉で、丸みを帯びた本堂屋根の中央には仏教のシンボルである蓮の花が描かれています。菩提樹は、仏教の祖であるゴータマ・ブッダ(お釈迦様)がその根元に座り悟りを得た場所として、蓮は極楽浄土に咲いている花として知られています。
本堂外観は、花崗岩を中心とした石造り。仏教寺院は原則として木造が基本ですが、火災による度重なる焼失を教訓に、耐震性に優れた鉄骨鉄筋コンクリート造りとなっています。
揺れや火災に強く、目立った本堂にしたい。まさにその想いが結実したお寺。
築地本願寺の唯一無二の意匠について、そして開かれたお寺としての考え方について、東森副宗務長(東京教区教務所長)にお話を伺いました。
「本堂の設計を伊東忠太博士に依頼したのは、当時の門主であった大谷光瑞門主がシルクロードを旅していた折、インドで博士と出会ったことがきっかけです。二人は意気投合し、正式に再建を依頼することになりました。そのとき、出来上がったデザインは3案あったといいます。インド様式を取り入れたデザインとなりましたが、もともとインドといえばお釈迦様由来の遺跡があり、それらの意匠を柔軟に取り入れていたようです。
鉄筋コンクリート造りによるインド様式の寺院というのも、かなり奇抜な印象を与えるかもしれませんが、そこには2つの大きな理由がありました。一つは、関東大震災による被害を受けていたこと。木造の本堂が焼け落ちてしまったため、再建にあたって、揺れや火災に強い建物とするべく、木造ではなく鉄骨鉄筋コンクリートを採用しました。二つ目は、東京において浄土真宗の寺院がマイノリティであったこと。浄土真宗は、京都の西本願寺を本山として、全国で1万300ほどの寺院がありますが、東京を含む首都圏では極めて数が少なくなっています。つまりその規模の割に、東京ではマイノリティなのです。だからこそ、あえて目立った外観にしようという想いがあったようです」
いかなる改革も、あくまで仏教の精神を広めるための手段。
「こうしたチャレンジ精神は、開かれたお寺にしていきたいという考えが根本にあります。土足で本堂に上がれることも、椅子席が用意されているということも、天井にシャンデリアがあることも、珍しいかもしれませんが、お寺の暗いイメージを覆して、どなたでも気軽にお参りいただきたいという考え方ゆえの施策です。 そしてさらに開かれたお寺にしていきたいという考えのもと、2015年からは大きな改革を実施しました。代表役員・宗務長に、元銀行員というキャリアの僧侶を招き入れ、カフェやショップを併設したり、銀座にサロンを設けたり、合同墓を設けたり、次々と新しいことを始めたのです。新型コロナウイルス感染症をきっかけに、動画の配信やオンライン法事などもスタートさせました。このように前例に縛られない新しい取り組みを次々と行っておりますが、それらはあくまでも仏教の教えを皆様に理解していただくための手段だと捉えています。仏教の精神を広めることこそが、私たちにとっての社会的役割であり、どんなに新しいことや奇抜なことにチャレンジしたとしても、この原点がブレることはありません」
東森 尚人(ひがしもり しょうにん)さん
これからも愛され続ける、開かれたお寺として
「開かれたお寺」と呼ばれるだけあって、築地本願寺には多くの人々が宗派に縛られることなく参拝できる配慮が、たくさん施されています。カフェやショップの併設もその一つ。「築地本願寺カフェ Tsumugi」では、人気の「18品の朝ごはん」をはじめ、ランチや日本茶、和スイーツ、アルコール類などがラインナップされ、朝・昼・夜と様々なシーンで本堂や境内を眺めながら舌鼓を打つことができます。取材班が訪問した日も、平日の昼間に関わらず多くのお客様で賑わっていました。カフェの利用をお得に楽しむなら、築地本願寺倶楽部会員(会費無料)がお勧め。入会するだけで、お会計金額が5%オフになるほか、様々なサービスが受けられるそう。また、何度でもお参りしていただきたいということで、参拝時には参拝記念カードを配布しています。月ごとにデザインが変わり、12種類集めることで記念品と交換できるとのこと。パイプオルガンを活用したコンサートも毎月開催されています。こうしたユニークな取り組みの数々は、私たちが抱いていたお寺の概念を大きく覆してくれることでしょう。
2024年8月〜2026年12月(予定)は耐震補強工事が行われるため、本堂の外観に囲いが組まれる時期もありますが、近くにお越しの際は、ぜひ気軽に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。