子供も大人も楽しめる絵本の世界
the interview
株式会社福音館書店
こどものとも第一編集部 編集長
関根里江さん
誰もが子供の頃お世話になった絵本。大人になっても、その物語や絵を何となく覚えていたりと、記憶の片隅にずっと存在し続ける絵本の世界。今回は、永く人々の心に遺る絵本の不思議や、その歴史、現代にわたるまでの変化などを1956年から絵本の世界を世に送り出している福音館書店さんに取材させて頂きました。
ベストセラーよりロングセラー
「ぐりとぐら」「はじめてのおつかい」「きんぎょがにげた」「エルマーのぼうけん」「おおきなかぶ」「魔女の宅急便」
みなさん、どれも一度は見たこと、聞いたこと、読んだことのある絵本だと思います。
筆者も、絵本の名前を聞くだけで、とても懐かしく、あたたかい気持ちになります。他にも、様々なロングセラー作品を、福音館書店さんは、子供達に届けてきました。
「誰しも中心には、子供時代がありますよね」
福音館書店の編集長・関根さんも、幼少期から絵本を楽しんでいたそうです。
------ 絵本は「大人が子供のために読んであげる本だと考えています。子供って、気に入ると、何度も同じ絵本を読んでほしがるんですよね。毎回、絵の隅々までしっかりと見ています。スポンジのように、ことばもすっかり覚えてしまう。そうやって大人に何度も読み聞かせてもらうことで、怖い物語からありえないような冒険まで、安心して絵本の世界をたっぷり楽しむことができます。そういう経験が、感性を豊かにし、アイデンティティーの軸となって、心もたくましく成長していけると思っています。
「5分が一生を支える」
大人になっても、絵本を開くと、ふっと何か大切なあたたかい気持ちを思い出す方は多いのではないでしょうか。読んでくれた大人の声、そのときの空気感まで、一緒に思い出す。まるでタイムカプセルみたいに。それは、自分のためだけに読んでくれたという1対1のかけがえのない時間だったからでしょうね。絵本って、ずっと「変わらない場所」で、本を開きさえすれば、いつでも戻れる心の故郷みたいなものです。絵本を楽しむわずか5分の時間がその子の一生を支えることもあると思います。ですから、大人も子供も一緒に感動できるものが優れた絵本だと思いますし、そういう絵本は、ベストセラーではなく、ロングセラーとして読み継がれていきます。
子供のための芸術体験「こどものとも」
福音館書店は、1956年、月刊絵本「こどものとも」を誕生させました。その時代、日本では、戦後民主主義による教育の再建をめざし、沢山の幼児向け保育雑誌が刊行されていました。しかし、それは保育者のための雑誌でした。当時の編集者・松居直氏は、子供のための物語が、戦後の日本に必要だと考え、その後、1冊が一つの物語という画期的な月刊絵本を刊行することになりました。また、総合芸術とも言えるほどの質の高い欧米の絵本に注目した松居氏は、海外の絵本を積極的に日本でも紹介すると共に「子供にとって、真の芸術体験となり、楽しみ、心を揺さぶられるような絵本をつくること」を使命としました。それから、60年以上経った現在でも、毎月欠かさず、子供達に絵本が届けられています。
「一流の著者・画家が子供達のために全力を注いでつくる」
----- 人間の土台、感性の土台とも言える子供時代に影響を与える絵本は、真剣勝負でつくらなければなりません。そして遊び心も大事ですね。日本画家に挿絵を頼んだり、詩人に文を作っていただいたりと、子供にも本物の芸術に触れさせようと思い切った執筆画家の起用をしてきました。当時から、親御さんにも本物嗜好は好評でした。
「子供が求めているものはいつの時代も変わりません」
---- 子供の環境は変わってしまいましたよね。けれど、絵本のロングセラー作品は今でもずっと人気です。時代時代で、エネルギーのあるアーティストもいるので、時代性というものはあると思いますが、子供の好奇心や、想像力、楽しむ力や、成長につながるものは普遍的です。良い絵本もまた普遍的です。一方で、絵本の表現の幅は、時代とともに変化しています。グラフィックアート、現代アート、抽象画、ナンセンス、言葉遊び、認識絵本など、物語だけではない絵本も誕生しました。写真の絵本もあります。新しいアーティストたちが、絵本の地平を広げています。
「絵本を生み出す苦しみもありますが、生まれると、ひとり立ちしていきますから、編集者は助産師さんのような役目かな」
----- 例えば、今度発売になる、人気シリーズ「バルバルさん」の3作目『バルバルさんと おさるさん』(「こどものとも」2021年4月号)では、振り返ってみると、20稿も重ねています。それから絵をお願いして、構図のことなどご相談するので、出来上がるのに4年かかってしまいました(笑)
絵本の作り方にはマニュアルがないので、一つ一つ違いますが、基本的には、先に文章を検討してから、絵をお願いします。印刷の際には、原画の色を再現するために、何度も色校正を行います。子どもにどう受け止められるかを確かめに、作家や画家といっしょに保育園に行ったり、下書きを子どもに見せたりもします。日々、試行錯誤の連続ですね。ファンタジーといっても、それが本当におきたことだと思ってほしいので、絵本の世界をつくる上では、リアルさを出すために細かいところにもこだわります。雪を見に行ったり、動物園に行ったり、取材もします。
「あぁ、ここに幸せが書いてあったなぁ」
-----どういうふうに子供に接すれば良いか分からない親御さんもいますが、ただ読んでくれるだけでいいんです。その子のために読んであげる。それだけでいい。 いろんな所に行くのも良いですが、子供が求めているものは、身近な所にあるはずです。大人が思っている子供と、子供が欲している事は違います。
絵本は心を解放する場所です。できれば、やりたい放題、絵本の中で空想してほしいですね。普段はやってはいけない事を絵本の中で楽しむ子供が多いです。「教育に悪いです」とおっしゃる親御さんもいらっしゃいますが、どうか、子供を信じて読んであげてください。
何度も読んであげて、大切な絵本の時間を作ってあげてください。
大人になっても、その時間は、支えになるはずです。
季節のオススメ絵本
最後に、この冬オススメの絵本を紹介して頂きました。筆者も読んだことのある絵本がいくつかありました。「おおさむこさむ」は、とてもスリルのある、少し怖い絵本です。結末がわかっていても、面白くて、子供の頃に、何度も読んでもらっていました。読んでもらっていると、本当に寒くなってしまい、絵本に出てくる赤いポットを母にねだっていました。(笑) 是非、この冬、お子さんがいる方は、たっぷりと絵本の世界を一緒に楽しんでみてください。お子さんがいない方も、絵本を開いて、忘れていた時間を思い出して、まどろんでみてはいかがでしょうか。
今回、取材に協力していただいた編集長の関根さん、いろんなお話を聞かせて頂きありがとうございました。わずか数百字から、数千字しかない絵本を、何年もかけてつくりあげ、子供達への思い、文学、芸術体験から、核となる大切な時間にするための姿勢は、大変心に残りました。絵本という宝物をより一層大切にしたいと思いました。